『女の一生』(1962)『黒の報告書』(1963)



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応接間の床に倒れた撲殺死体を真俯瞰で捉えた『黒の報告書』の冒頭のショットが、上記2作品における中川芳久・増村保造コンビの空間把握の基本姿勢を鮮明に示している。
人物の頭よりも高い位置にカメラを据え、俯瞰からのアップを多用することによって、切り返しにおいても視線が水平につながらず、そこに生じる視線の角度が人物間の権力関係を示唆する、というのがそれだ。
『黒の報告書』で検事・宇津井健に調書を取られる被害者の秘書兼愛人・叶順子の印象的なアップはハイアングルのカメラから俯瞰ショットで撮られることによって冒頭の死体の俯瞰ショットと関連づけられ、やがて裁判で宇津井を裏切ることになる彼女の微妙なポジションを暗示している。
杉村春子の当たり役だった舞台作品の映画化であり、貿易会社一家の養女となった孤児の娘が一家のために滅私奉公する『女の一生』は、題材・空間設定ともに、増村よりはむしろ成瀬巳喜男向きの作品だと思うが、そんな原作戯曲を中川・増村コンビは、ハイポジションとローポジションからのショットを交えたどんでん(180度切り返しショット)を多用することによって、成瀬的な水平のどんでんを多用した空間構成に対して、上下からの視角を加えたよりダイナミックな室内空間を構成しているのは大いに注目すべきだろう。
中川芳久のモノクロ画面は、産業スパイ映画の傑作『黒の試走車』(1962)の硬質な陰影に満ちた映像を思い出すまでもなく、ローキー・ハイコントラストを基本としているので、玉井正夫軟調を基本とした成瀬映画のなだらかなモノクロ画面とは特に対照的なものとなっている。
だが『女の一生』の撮影で決定的なのは、そうした画面の陰影よりもハイポジションとローポジションとの高低差にこだわったカメラワークによって捉えられた室内空間だろう。
ほとんどがセット撮影の『女の一生』は、食堂と夫の書斎が洋室のほかは和室というつくりの屋敷のなかで、立った人、椅子に座った人、畳に座った人、畳に這いつくばる人といった人たちが交わす視線の微妙な権力関係をハイ/ロー・ポジションのカメラを基本にしたショットの連鎖によって刻々と描き出すことによって、戯曲を原作とした室内劇を映画的な縦横の視角を内包した屋内空間へと再構成していくのだから、これほど演出と一体化したカメラポジションというのもあまり例がないだろう。
陰影の深い画面づくりをしたばかりでなく、『女の一生』でここまで演出と一体化して作品の空間構成に貢献した中川芳久は、増村保造の撮影監督として、小林節雄や村井博以上に評価されるべき存在だと思う。*1

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大地の子守歌 [DVD]

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*1:厳しい条件のロケで南の海辺の光線を見事に捉えたスタンダードサイズ作品『大地の子守歌』(1976)も中川芳久の傑作。