星条旗と救世軍とスウィート・ホーム・コメディ

『善人サム』(レオ・マッケリー、1948)

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善人サム [DVD]

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  • 発売日: 2014/11/25
  • メディア: DVD

度を越した博愛趣味・慈善癖・隣人愛による過剰融資のため、夫婦2人に子ども2人に居候の義弟と一家5人で借家住まいを続けるお人好しのデパートの支配人と、アーリー・アメリカン調のマイホーム購入を夢見る妻とのギクシャクした関係を描いた、レオ・マッケリーならではのほろ苦いホームコメディの傑作。
ゲーリー・クーパーは得意の「お人好しではた迷惑な理想主義者」を演じて申し分ないし、アン・シェリダンも「専業主婦」の役ながら、シースルーのネグリジェ、ジプシー占い師の仮装とセクシーなコスプレを人前で演じながら下品ないやらしさを感じさせず、とりわけ大声で笑い、大声で泣き伏す感情表現の豊かさが、無表情なゲーリー・クーパーの演技と絶妙な均衡を形づくっている。
古くからよく言われる喜劇の鉄則の1つに、役者を笑わさず観客を笑わせろ、というのがあるが、ゲーリー・クーパーに抱きかかえられながら、大声でゲラゲラ笑い続けるアン・シェリダンを見ていると、レオ・マッケリーにとって、そうした古臭い鉄則が何の意味ももっていないことが非常によくわかる。
また、一方で、念願のマイホーム購入直前に、クーパーが購入資金の大半を、妊娠中の妻を抱えて困窮していた隣人のガソリンスタンド購入に融資していたことが発覚したとき、マイホームの夢破れて大声で泣き伏すアン・シェリダンと、赤ん坊のためだったんだと、言葉少なに取り繕うゲーリー・クーパーとの、なんとも「日本的な夫婦喧嘩の場面」の素晴らしさを見ると、いかに小津安二郎成瀬巳喜男らがアメリカ映画、特にホームコメディを徹底して模倣・学習し、それを巧みに日本的風土・家屋に移植してきたかが実感できる。
同じシチュエーションを、たとえばもし、成瀬巳喜男上原謙高峰三枝子のトリオで演じさせたとしていたならば、カット割りは違っても、ほぼ同様な水準の場面の演出がなされたのではないだろうか。
すったもんだの末に、ガソリンスタンドへの融資は利子付きで完済され、アン・シェリダンの念願だったアーリーアメリカン調の家具付きの新居への入居も決まり、これでめでたいクリスマスとなるところで、最後にひと悶着起こす手腕はマッケリーならではのものだ。
クリスマス・イヴの日に、銀行に行く途中、ゲーリー・クーパーは女性の強盗に頭を殴られ、金を奪われてしまう。親友の銀行の融資係りに事情を説明して住宅資金の融資を申し込むが、クーパーへの融資はリスクが大きすぎると断られてしまう。
銀行からの帰りに自宅へよると、家具付きの新居への即日入居が決まり、アン・シェリダンは嬉しそうに古い家具一式をすべて救世軍に寄付し、うろたえるクーパーに新居でクリスマス・ディナーを作って待っていると告げる。
ホワイト・クリスマスとなり、クリスマス・ディナーを用意して家族が待ち受ける新居に帰るに帰れないクーパーは、馴染みのバーで泥酔してしまい、入店してきた救世軍のボランティアの若い女性の寄付集めの皿を蹴っ飛ばす始末。
新居では帰りの遅いクーパーを心配するシェリダンに、現行の融資係が訪ねてきて、クーパーへの住宅購入資金の融資があらためて承諾されたことを、昼間の事情説明とともに伝える。
一方、泥酔したクーパーを持て余したバーの店主が、救世軍のボランティアの若い女性に、新居の自宅まで送り届けるよう頼み、嫌がるクーパーに対して、救世軍のマーチング・バンドの伴奏で「HOME, SWEET HOME」(埴生の宿)を歌って送り返そうとするが、酔ったクーパーは、その店主の口を塞いで歌をやめさせようとする。
結局、救世軍のマーチング・バンドは行進を始め、クーパーはボランティアの女性に肩を抱えられながら、神様はサムを救った、と替歌を歌って歩き出す。
新居では、ガソリン・スタンドの店主が訪れ、妻に男の子が生まれ、名前は「サム」にしたことを報告にくるが、帰りの遅い夫「サム」を心配するアン・シェリダンは、暗い表情のまま塞ぎこんでいる。
すると、マーチング・バンドの太鼓とラッパの響きが遠くから微かに響いてくるのだが、そこからの展開が実に心憎い。
アン・シェリダンは、そのオフスペースからの太鼓とラッパの響きに反応して、椅子から立ち上がり玄関のドアを開くのだが、ここでの音響設計が『モロッコ』(ジョセフ・フォン・スタンバーグ、1930)で、ゲーリー・クーパーの安否を気遣うマレーネ・ディートリッヒが、砂漠の果てから聞こえてくる外人部隊の軍楽隊の太鼓の響きに反応して、アドルフ・マンジューとの結婚披露パーティーから飛び出す場面を、なんとも感動的に反復・変奏していることを見逃してはならないだろう。
ともにゲーリー・クーパーの安否を気遣う女性が、一方は北アフリカの砂漠を舞台にした恋愛メロドラマ、他方は雪のクリスマスのアメリカ合衆国を舞台にしたホームコメディでありながら、ともに屋外(オフスペース)から聞こえる音に対して、同じリアクションを示す。これこそジャンルを超えた、映画的な活劇のあり方というべきだろう。
玄関のドアを開けると、向こうの通りから星条旗を掲げた救世軍のマーチングバンドが雪景色の中をやってくる。
その一行に、浮浪者と衣服を交換してすっかりみすぼらしい恰好になって、ボランティアの若い女性の肩に支えられて千鳥足で歩くゲーリー・クーパーも混じっている。
それを見たアン・シェリダンは、大声でゲラゲラ笑い出すとクーパーに近づき、泥酔して、家庭も仕事も捨てて救世軍入りする、というクーパーに、住宅融資を受けられた件と副社長に昇進・就任したことを伝える。
地獄から天国へ引き上げられたクーパーは、早速、救世軍入りを延期すると、救世軍バンドの演奏で、アン・シェリダンに捧げる愛のバラードを、調子はずれの声で歌い、声をあげて笑うシェリダンを抱きしめるショットで映画は終わる。
最後のクリスマスの場面、救世軍のマーチング・バンドが出てくるが、このバンドの先頭に星条旗が掲げられているのは、アメリカン・イデオロギーの映画的表象として、要注目だ。
星条旗イデオロギー的表象については、対外侵略的か否か、好戦的か反戦的かはともかくとして、もっぱら戦争およびナショナリズムに関連付けて論じられてきた。
しかしながら、アメリカ合衆国の「非公式国歌」ともいうべき「GOD BLESS AMERICA」の歌詞の終わりが「MY HOME, SWEET HOME」となっていることからもわかるように、星条旗が担うアメリカン・イデオロギーの特異性を見るには、対外侵略的な部分を見るだけでは十分ではないだろう。*1
それはむしろ「GOD」と「MY HOME SWEET HOME」とを媒介する、民衆的、宗教的なユニバーサル・デザインでなければならないのであって、救世軍のような国際的キリスト教慈善団体の一行が先頭に掲げても違和感がないような演出をレオ・マッケリーはおこなっているのだ。
救世軍のマーチング・バンドが最初に登場するのは、泥酔したゲーリー・クーパーを家に送り返そうと画策するバーの店主が、ボランティアの女性に家まで送り届けるよう頼む場面である。
そこでは先頭に星条旗を立てた救世軍のバンドがバーの店の前の通りに並んでいるのだが、家に帰りたがらないクーパーに、店主はバンドの演奏で「HOME, SWEET HOME」(埴生の宿)を歌って聞かせるのだが、救世軍という、本来は国際的なキリスト教慈善団体のバンドの演奏を介して、星条旗のイメージと「HOME, SWEET HOME」という、イギリスの愛唱歌の歌詞が結びつき、その一行がゲーリー・クーパーを愛妻アン・シェリダンが待つ「アーリー・アメリカン調」の「SWEET HOME」(シェリダンはそこを「パラダイス」とも呼んでいた)に送り届けるという設定は、まさに星条旗に関するアメリカン「国=家イデオロギー」の表象の洗練形態としては、究極のものだろう(ただし「HOME, SWEET HOME」(埴生の宿)を歌う店主の口を無理やりふさごうとするゲーリー・クーパーの身振りには、レオ・マッケリー自身の、こうしたイデオロギー表象に対する違和感を見て取ることも可能かもしれない)。
ちなみに救世軍は「万国本営」をロンドンに置く国際的なキリスト教慈善団体であり、とくに、クリスマスには世界各地で社会鍋による募金活動をおこなっている。
したがって、そのマーチング・バンドの先頭に星条旗を掲げる必然性はないはずなのだが、映像的にはしっくり収まっているのはなんともいえないところだ。たとえば日本映画で、クリスマスに日章旗を掲げて活動する救世軍を描こうとすれば、相当な違和感あるいは異化効果が生じるだろう。
こうしたところに「神国ニッポン」と「GOD BLESS AMERICA」とのあいだの「国=家イデオロギー」の視覚的表象の洗練度の格差を容易に認めることができるだろう。*2

モロッコ《IVC BEST SELECTION》 [DVD]

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  • 発売日: 2012/07/27
  • メディア: DVD

*1:http://klipd.com/watch/the-deer-hunter/god-bless-america-sceneディア・ハンター』(マイケル・チミノ、1978)でも『ゴッド・ブレス・アメリカ』は印象的に使われている。もちろん『君の瞳に恋してる Take My Eyes Off You』も。https://www.youtube.com/watch?v=iPaYTZp4bUc

*2:日本映画で救世軍が登場する作品としては、加藤泰の傑作『骨までしゃぶる』(1966)が、明治初期の救世軍の廃娼運動に乗じて、遊郭から脱出するヒロイン・桜町弘子の苦闘を描いている。救世軍の力を借りて遊郭からの脱出に成功した桜町弘子・夏八木勲カップルが言われる「君たちは救世軍を利用してロハで身請けしたというわけだ」というセリフは印象的だ。