『裸女と殺人迷路』(小野田嘉幹、1959)

 

 
(以下ネタバレ全開)
『裸女と殺人迷路』は、女の殺しを命じる丹波哲郎のアップから始まる。
「ウスノロ」御木本伸介に射殺させた(半)裸女の死体を丹波哲郎が川に蹴り落とすと、音楽が流れ出し「裸女と殺人迷路」という煽情的なタイトルが浮かび上がるオープニングがまずいい。
丹波哲郎は「カスバ」と呼ばれる城北新地ネオン街を根城にするギャングで、仲間には「ウスノロ」御木本伸介の他に、バーのマスター沢井三郎がいるが、そのお色気マダム若杉嘉津子をめぐって、御木本伸介と沢井三郎とは泥沼の三角関係にある。
そこへ15年の刑期を終えた昔の強盗仲間の清水将夫が「下着喫茶」で若手刑事・舟橋元の尾行をまいてカスバに現れると、さっそく野球場売上金強奪計画を提案し、新メンバーに刑務所生まれで殺しの前科のある和田桂之助*1を推薦する。
前科を隠してストリップ小屋で働きながら、「ストリップダンサー」三ツ矢歌子と恋仲になっているトランペッター見習いの和田桂之助を見て、清水将夫はいったん勧誘をあきらめる。しかし、丹波哲郎が和田桂之助の前科を職場に密告して強引に仲間入りさせると、清水将夫も和田桂之助を球場警備員として潜入させ、襲撃計画を完成させる。
決行直前、ストリップを辞めた三ツ矢歌子は和田桂之助のアパートを突き止めると一緒に田舎で暮らそうと誘う。
一方、若杉嘉津子と御木本伸介との関係に逆上した沢井三郎は、警察へ密告しようとするところを清水将夫に押えられ、丹波哲郎らにリンチで撲殺される。
清水将夫は和田桂之助のアパートで帰郷準備をする三ツ矢歌子に和田桂之助の女関係を讒言して、三ツ矢歌子がひとりだけで帰郷するよう仕向ける。
球場襲撃は翌日あらためて決行するのだが、この球場通路での現金強奪場面の鮮やかなまでのあっけなさ、囮の逃走によるカーチェイスや、現金運び出しの伏線どおりの手際よさには、いかにも「B級職人」ならでは腕の良さと心意気があふれている。
死後投函の沢井三郎による密告状で、警察は4人を緊急手配、4人はカスバの保育園の倉庫に現金とともに閉じこもり身動きが取れない。
このシークエンスでは保育園のオルガンと鐘の音が音響効果として4人の閉塞感を増幅していくが、とりわけ鐘の音が鳴るタイミングが絶妙きわまりない。
台風が接近し、強風が吹き荒れるなか、御木本伸介がマダムの若杉嘉津子を恋しいあまり倉庫から飛び出し、彼女のバーに向かい、結局は若杉嘉津子に抱かれたまま「夫の仇」として彼女に刺殺されてしまう。
囮捜査のため若手刑事・舟橋元にカスバに呼ばれた三ツ矢歌子は、和田桂之助に渡したお守りから隠れ家の場所に気づくと、とつぜん鳴り出した保育園の鐘の音に気をとられた若手刑事・舟橋元の尾行を振り切る。
鐘の音は、御木本伸介と丹波哲郎清水将夫とが争って飛び出した勢いで鳴り出したものが、若手刑事・舟橋元の駆けつけたときには、強風のせいで無人で揺れて続け、金属音を発している。
三ツ矢歌子は舟橋元の尾行をまくと、強風を横切り、一直線に倉庫を目指して進んでいく。
この無表情のまま早足で歩く姿の三ツ矢歌子のショットは、まるで鈴木清順映画の野川由美子のような無機質と情熱とが拮抗する美しさを帯びていて、見る者を一瞬うろたえさせる。
もはやB級職人の技巧の枠に納まりきらない画面展開に息を飲むと、次は倉庫の中のショットになり、丹波哲郎清水将夫が御木本伸介を追って出たあと、和田桂之助ひとりが内部に残されている。
そのドアが突然開くと外はいつの間にか大雨になっていて、ずぶ濡れになった三ツ矢歌子が現れ、さっきまでの無機質な冷たい表情とは打って変わった濡れた視線で和田桂之助を見つめるのだ。
信じられない突然の降雨による時間の圧縮と劇的展開。いや、これは三ツ矢歌子の和田桂之助との再会への執念が呼び寄せた、時空を超越した雨なのだ。
その水滴は、ショットとショットの隙間に潜む非持続的、無時間的な空間を垂直に貫いて三ツ矢の全身をずぶ濡れにしたに違いないのだ。
突然のドアの開閉と大雨と視線の三重の不意撃ちが、B級犯罪メロドラマを逸脱した映画的強度をここでの画面に与えている。
その突然の強度にたじろいだかのように、和田桂之助は一緒に逃げようとすがる三ツ矢歌子を警察に雇われた囮と罵り追い返してしまう。
和田桂之助はすぐに三ツ矢歌子を追いかけ直すが、彼女の姿はもう見えない。
和田桂之助と三ツ矢歌子が出て行って無人になった倉庫に、丹波哲郎清水将夫が戻ってくる。今度は、強盗の主犯格ふたりが金と主導権をめぐって殴りあいになる。
争いの最中に和田桂之助が戻ってきて清水将夫に加勢するが、拳銃をもった丹波哲郎が現金入りのトランクを抱えて倉庫を飛び出し、警察との台風の中の銃撃戦の末、射殺される。
そこで開いたトランクの中身は、清水将夫があらかじめ札束とすり替えていた新聞紙の束しか入ってない。
倉庫に残った清水将夫は和田桂之助とふたりで金を山分けしようとするが、三ツ矢歌子を追いかける決意をした和田桂之助は清水将夫に別れを告げ、金を持たずにひとり外へ飛び出す。
和田桂之助は威嚇射撃で負傷しながら、ダンサー仲間の万里昌代に三ツ矢歌子が東京駅にいることを聞き出すと、線路沿いに血まみれの逃走劇を続ける。
和田桂之助の逃走をラジオのニュースで聞いた三ツ矢歌子は、恋人との再会を求めて東京駅から線路を逆走する。
傷心のふたりが線路上で抱き合ったところで、警察につかまり保護される。
負傷した和田桂之助の生命は助かり、刑期は2年程度で済むと、三ツ矢歌子に若手刑事・舟橋元が告げる。
ひとり現金を抱えた清水将夫は、カスバをうまく脱出するのだが、若い恋人たち二人の様子が気になって、逃げるに逃げられない。
見物人に混ざって二人の無事を遠くから確認した清水将夫はようやく立ち去ろうとするが、最初に「下着喫茶」で尾行をまかれた若手刑事・舟橋元に気づかれると、無言のまま手錠をかけられる。
救急車の中で横たわる和田桂之助と三ツ矢の表情には安堵が満ちたところで、エンドマーク。

日本映画史上画期的な銃撃戦と三原葉子の妖艶舞踊が印象的な『女奴隷船』(1960)において、説話論的効率性という点でやや大味だった小野田嘉幹の演出は、B級犯罪活劇である本作ではほぼ完璧に近い。
アイスクリーム工場のドライアイスや「キチガイ」の元トラック運転手の不意の出現などの細部が、伏線として実にムダなく機能している。また野球場でのオーバーラップつなぎは、映画学校での時間経過表現の例として最高の教材になるだろう。
黒沢治安デザインのカスバ街のセットは、超低予算のベニヤ板かボール紙(?)の安普請ながらも、2階建てが基本のつくりで、警察のガサ入れなどのスペクタクルは、2階の窓からの視線による俯瞰ショットで捉えている。
清水将夫の居候部屋、和田桂之助のアパートはともに2階で出窓があって、それらが画面内に視線の高低差を導入している。
たとえば泥酔した和田桂之助が清水将夫の部屋を訪ねる場面、窓際に座った清水に和田は前科を支配人に密告されたことを嘆き訴えると、次のショットでは下の路地から清水を見上げる丹波哲郎の視線を俯瞰で捉えていて、密告犯の正体を無言で示している。
清水はすぐに駆け下りて丹波に詰め寄るが、丹波はもちろん詰問をはぐらかし、前科者としての和田を推薦したのは清水ではないかと切り返す。
このように丹波・清水・和田との対立の構図には最初から視線の高低差が関与している。
この視線の高低差は立った者と座った者、横たわった者とのあいだの微妙なヴァリエーションに分岐していき、それは若杉と御木本との間では、犯す者と犯される者、刺す者と刺される者との残酷なヒエラルキーへと到達する。
また保育園の倉庫での人の出入り・すれ違うタイミングと鐘の音響効果の見事さは、まるでエルンスト・ルビッチフリッツ・ラングをあわせたかのような絶妙な緊迫感にあふれている。
鐘の音の使用法だが、最初はオルガンや園児の声とともに、倉庫の外部の背景音の一部として使われる。次に倉庫内部で4人の対立が激化して爆発寸前というタイミングで鐘の連打が画面に介入して、全員の目線と動作とをストップモーションさせる句読点=音記号として文法的に作用する。3回目の鐘の響きは音記号としてさらに重層的に作用している。それはまず御木本・丹波・清水の倉庫からの飛び出し(和田のみ倉庫に残留)を表現するだけでなく、三ツ矢を若手刑事・舟橋元の尾行から振り切って和田と再会させるのだから、説話論的な変換項としても重要な働きをしていることになる。
それはまた、強風のなかひとりで勝手に揺れる物質イマージュ、視覚記号としても独立した価値をもち、この3番目の鐘はいわば非人称の音記号の発信源としての姿を画面に露呈させ、あの突然の大雨の前奏ないし「暗き先触れ」(ドゥルーズ)として強風のなか揺れているのだ。
そうしてあの突然の大雨になる。
いつ降り始めていつ降りやんだかもわからない、時空を超越した雨。
いや、あのドアが開いたとたんに出現する雨とずぶ濡れの三ツ矢歌子の濡れた視線は、時空から超越したというよりもむしろ逸脱したイマージュというべきものだろう。
その映画的強度に比べれば、視線の高低差による演出の工夫や効率的な説話展開、画面展開も、たいしたことではなく思えてくるぐらい、それは怖ろしい。
最後の清水の逮捕劇についても触れておこう。
これは尾行に失敗し続けた若手刑事・舟橋元が、最後にようやく失敗分を回復して、説話論的な均衡状態を回復したというだけのことで、警察びいきの道徳訓・勧善懲悪イデオロギーとはまったく無縁のものだろう。
手錠をかけられるときの清水の諦念とはまったく無縁な凶暴な表情が、この逮捕劇が尾行・逃亡の成功/失敗という主題系と説話系の均衡に関する、いわばシステマティックな帳尻合わせにすぎないことを告げている。
キワモノ企画と早撮りと低予算が強調されがちな新東宝だが、撮影所としての水準は驚くほど高い。石井輝男中川信夫も、新東宝時代の作品が最も充実しているし、小野田嘉幹にしても新東宝だからこそ、この『裸女と殺人迷路』のようなB級犯罪メロドラマでありつつそれを超越した傑作が撮れたのではないだろうか。
東宝畏るべし、である。
 

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*1:和田孝の旧芸名