『座頭市 THE LAST』
http://www.the-last-1.jp/index.html
アバンタイトルの雪の竹林の中、刀を刺されたまま抱き合う石原さとみと香取慎吾のアップには、テレビタレントとしての面影は一切感じられない。撮影・笠松則通が薄暗い画面に印象的に浮かび上がらせる、香取慎吾の首に巻かれた赤い布の質感、録音・橋本文雄がいつもながらの明晰さで捉えた、石原さとみの杖につけた鈴の音と雪の斜面を走る足音の響きの切迫感に涙を流すかどうかで、この阪本順治版『座頭市』はいきなり勝負を決めてしまう。
『007』シリーズだって、初代のショーン・コネリーに匹敵するジェームズ・ボンドは登場していないのだから、香取慎吾の座頭市が本家の勝新太郎と勝負にならないのは、最初からわかっていたことだ。特に殺陣の足捌きの差は致命的なものがある。そこで、阪本順治は香取慎吾に徹底して不安定な足場に立たせて、殺陣を演じさせる。今にも転げ落ちそうな雪の斜面で、刀を振り回す香取のロングショットから、21世紀に時代劇を撮るためのメチエを感じ取らなければならないだろう。*1
仲代達矢が、食通の剣の達人で、鎖国の禁制を破って海外貿易をもくろむ極悪非道のやくざの親分という、久々の超悪役を楽しそうに演じている。丹波哲郎や佐藤慶の亡くなった今、こういう破天荒な悪役をできる役者は、仲代達矢か山崎努か、あるいは三國連太郎ぐらいしかいないだろう。その親分のヘタレ息子で、最後に意外な見せ場を作る役が高岡蒼甫というキャスティングも悪くない。*2
脇役陣のなかでは、ARATAが、工藤夕貴相手にフンドシ一丁で、股間舐めハードコアスペシャル(?!)を決めて、その絶好調ぶりを大いにアピールしている。そのARATAと香取との対決場面は、工藤夕貴のダメ亭主・寺島進の見せ場にもなっていて、1対1の構図に何人も絡ませる阪本順治の演出はさすがである。
今回最も特筆すべき点は、半年かけて60棟あまりの家を建てて村のオープンセットを作ったという、美術・原田満生の仕事だろう。衣装やメイクも含めた、こうした充実したスタッフワークのおかげで、この東宝マークの座頭市からは、三隅研次、森一生、田中徳三らが活躍していた頃の、大映京都撮影所の匂いがかすかに感じられる。*3
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*1:摺り足・円運動を基本とした足捌きを、過去の時代劇から継承することはもはや不可能に近いだろう。これは完全に生活習慣の変化の問題である。着物の着こなしはおろか、池部良のようなネクタイ・背広の着こなしをできる俳優もいなくなっている。1960年代の日本映画を見ると、クレイジーキャッツでさえ、ウソのようにネクタイ・背広が似合っていた。
*2:女優では、倍賞千恵子が、往年の田中絹代や沢村貞子を思わせるような老女役を、見事に演じている。ただし、彼女は「老け役」を演じるには、声が若すぎる、という欠点がある。盲目の市にとって、声だけの彼女の年齢は『ハウルの動く城』(宮崎駿、2004)のソフィーのように決定不能なのではないだろうか。
*3:「あほたれはみんな男じゃ」と叱る倍賞千恵子、命がけで血判状を上訴する反町隆史ら、半農半漁の百姓衆の描き方には、内田吐夢、加藤泰の東映時代劇に通じるものも感じられた。