『結婚式・結婚式』(中村登、1963)

http://www.momat.go.jp/FC/NFC_Calendar/2009-12/kaisetsu_35.html
http://filmex.net/2013/sp1.html

77歳の喜寿を迎えた製鉄会社社長・伊志井寛とその「糟糠の妻」田中絹代は家族から京都旅行をプレゼントされる。
京都は初めての田中は、夫の伊志井は芸者同伴で何度も来てるだろうと皮肉を連発して、夫婦間には早くも険悪ムードが漂っている。
高級魚肉が大好きな食いしん坊の伊志井は、肝心要の入れ歯を家に忘れてしまい、それを田中のせいにして大ゲンカになる。入れ歯と食事に愚痴り続ける伊志井のワガママな態度に激怒した田中は攻守逆転すると、東京から入れ歯を届けに着た次女・榊ひろみの前で、新しい着物を夫婦ゲンカの「賠償」として買ってもらう約束を勝ち取る。
そこへ東京からの電話で、三男・川津祐介と伊志井の亡き友人の娘・岩下志麻との急な結婚を知らされ、結局賠償の着物も買う暇もなく東京へとんぼ返りすることになる(お見合い帰りの岩下志麻の川津への涙目の求婚はオトコ心をワシ掴み!)。
岩下の亡父は伊志井の共同経営者で、伊志井は社長室に重役陣を招集すると、全社を挙げて結婚式を祝福するよう依頼する。
社長室の壁いっぱいにかかった写真のなかには、背広姿で微笑む笠智衆が岩下の亡父役で特別出演。笠のニッコリ写真に客席は大爆笑だが、これが小津の遺作『秋刀魚の味』に続く笠・岩下の父娘役共演(?)かと思うと、笑ってばかりはいられない。
かなり下世話なかたちではあるが、食事の主題への執拗なこだわり(入れ歯を忘れた伊志井は豆腐料理しか食べられず不機嫌になる)や衣装の主題をからめた娘の結婚話であることを思うと、この笠智衆の「遺影」を負の中心に据えた中村登の結婚喜劇は、小津原案に基づいて、岩下が失踪中の笠の「隠し子」として登場する『大根と人参』(渋谷実、1965)以上に見事な小津追悼作品となっていることに否が応でも気付かされる。
伊志井は川津・岩下の婚礼を機に、勘当中の長女・岡田茉莉子と「ビンボウ左翼医者」の夫・田村高広との和解を含めた長女夫婦と三男夫婦の同時挙式を画策する。
と、その同時挙式に便乗するかたちで次女・榊ひろみもアメリカ人の恋人とのさらなる同時挙式を追加提案して、伊志井・田中の両親からそろって猛反対を受ける。
しかし、浪人中の四男・山本圭も国際結婚賛成派の熱弁をふるい、ふだんは「反米左翼」の活動家医師・田村も義妹のアメリカ人との結婚には賛成、国際結婚反対に同調してくれるのは長男で部下の増田順司とその妻・丹阿弥谷津子の「追従組」だけという状況に、国粋派・伊志井は癇癪を起こして、意地でも国際結婚絶対反対を貫こうとする。
そんなところへ、北海道から次男・佐田啓二が到着すると、いつもの構えた演技と違う、肩の力の抜けたざっくばらんな味わいトークで国際結婚に賛成意見を語ると、父・伊志井の敗北をあっさり宣言する(お父さんは入れ歯だから歯がたたないんだよ…)。
正直いって、佐田啓二の芝居をはじめてウマイと思った、というか、こんな軽妙な芝居もやればできるんだ、と感心してしまった。
すったもんだの末の3組同時挙式の当日(「結婚式・結婚式・結婚式」だ!)、貸し衣装ながら純白のウェディングドレス姿の美しい岡田茉莉子が「ビンボウ左翼」の矜持から豪華挙式を渋る夫・田村高広に、何とか貸し衣装のモーニングを着せてその足元を見てみると、黒の礼服に靴だけが妙に真っ白なスニーカー。
とっさに佐田啓二の黒い革靴と白黒チェンジするが、その佐田のモーニングの袖には前回参列した葬式の喪章がついたまま、というダメ押しのギャグの連発に、小津的な衣装の主題(冠婚葬祭コスプレ)をめいっぱい露呈させているあたりの小津的世界への徹底した同調ぶりは、さすが、というほかないだろう。
『結婚式・結婚式』が小津作品と決定的に違うところは、3組の花嫁・花婿が画面にあからさまに登場していることと、小津作品においては式をきっかけに家族がバラバラになるのに対して、ここでは結婚式によって新旧家族が集まるという、小津的な「一家離散」を意識的に反転した、全員集合パターンになっているところだろうか(ここでの「結婚式」は長女・次女を他家へ「嫁」に出すための「別れの儀式」として演じられているわけではない。むしろ「ビンボウ左翼医者」と「アメリカ人男性」を長女と次女の正式な「婿」として一家に新しく承認・歓迎するためのセレモニーとして「結婚式」が演じられているというべきだろう)。
笠智衆(!)、岩下志麻岡田茉莉子田中絹代佐田啓二ら、小津映画ゆかりのキャストに厚田雄春の撮影で、これほど笑いに満ちた悦ばしい小津追悼作品を撮りあげた中村登こそ、最良の意味での「松竹的」な映画作家と呼べるだろう。


…と、ここまで書いてきて『結婚式・結婚式』の公開日が1963年7月13日であることに気が付いて、思わず愕然としてしまう。小津の命日(兼誕生日)が同じ1963年の12月12日だから、この素晴らしい「小津追悼作品」は小津が亡くなるちょうど5ヶ月前に公開されたということになる。
当然その日は岡田さん、岩下さんをはじめ、出演者一同も(笠智衆ひとり不在のまま)舞台挨拶をしたことだろう。そして当然大きな拍手喝采に包まれたことだろう。
もしそうだったとすれば、これは映画史上めったにみられない「生前追悼」イヴェントと呼べるものなのではないだろうか。
中村登は松竹的であるだけでなく、小津安二郎に負けず劣らず残酷な映画作家なのである。

中村登作品では、岡田茉莉子主演の『河口』(1961)と『斑女』(1961)が、女優・岡田茉莉子の最高傑作として必見の2本。*1
(2009年11月28日初出)
『暖春』(1965)は小津安二郎里見紝共同脚本のテレビドラマ『青春放課後』の見事な映画化。桑野みゆきが口ずさむ「鉄人二十八号」の歌声に、自分の青春の終わりを悟る岩下志麻の表情が素晴らしいのだが、もし小津本人が『青春放課後』を映画化していたとしても、桑野みゆきに「鉄人二十八号」は歌わせなかっただろう。
また堤玲子原作『わが闘争』(1968)は、東映レンタル・佐久間良子が、初対面成り行き心中の合間に、念願だった美少年童貞狩りに出かけて済ませて戻ってくる、驚愕の傑作。
(20013年12月1日追記) 


<あの頃映画> 古都 [DVD]

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監督 小津安二郎

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女優 岡田茉莉子 (文春文庫)

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写真は『霧ある情事』(渋谷実、1959)から。
長岡博之撮影による湖上のボートの岡田茉莉子のアップは、カラー撮影によるアップとしては日本映画のベスト。

*1:文春文庫版『女優 岡田茉莉子』に収録されている蓮實重彦によるインタビューでは、『河口』の隠し撮りのエピソードが語られている。なお脚本の権藤利英は井手俊郎の別名。当時東宝のメインライターだった井手俊郎は、松竹作品には「ゴンドリエ」という喫茶店から取ったペンネームで参加。日活には三木克巳、大橋参吉という別名で参加している。