瀬田なつきの「ルージュ(赤)の伝言」

嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』(瀬田なつき、2011)
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https://movie-tsutaya.tsite.jp/netdvd/dvd/goodsDetail.do?titleID=1526855460&pT=null
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2010年の東京国際映画祭で『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』(以下『みーまー』と略称)を最初に見た時には、柴咲コウがカバーで歌う『ルージュの伝言』(作詞・作曲:荒井由実)の暴力的な楽曲の使用法と、あの『彼方からの手紙』(2008)のスズキジュンペイ三村恭代カップルが「ゲゲゲストーカー」鈴木卓爾の魔手によって被る悲惨な運命に、ただただ圧倒されるばかりだった。*1
しかし、なぜ『ルージュ(赤)の伝言』なのか。
映画は、薄いグレーのパーカーを着た染谷将太が、曇天をバックに『ルージュの伝言』をハミングするところから始まる。このグレイの色彩は、建物のコンクリートの色や、学生服のブレザーの色と連なって、10年前と現在の事件を往還するこの作品の現在パートの基調色となっている。*2
このグレイの基調色の上に、何点かの「赤」を導入することで、瀬田なつきは、商業長編第一作の色彩構造/対位法を決定しているのだが、彼女の恐るべき天才は、一見流血が目につきやすいこの作品の最初の「赤」として、「悦」(祝)という決定的な誤字を導入し、さらにその隣で最初の運命的な視線の遭遇を演じさせているところだろう。*3
2番目の「赤」も流血ではなく、それは染谷将太大政絢に投げるリンゴの「赤の伝言」として演じられる。このリンゴのキャッチボールの隙に、染谷「みーくん」は易々と大政「まーちゃん」のマンションの室内に侵入する。染谷がかじったリンゴの果肉が剥き出た部分は、キスマークの一種であると同時に、映画が見せる最初の「傷跡」でもあるだろう。下手投げで優しく渡されるこの傷跡付きの赤いリンゴは、トラウマ含みの親愛の情がこもったメッセージであり、たとえそれが「嘘」であったとしても、最初の赤い誤字の不気味な不吉さとは著しい対照を成している。*4
やがて染谷の右頬の上に流血による2本の赤い線が描かれるのだが、それはすぐ絆創膏で覆い隠されるばかりか、その2枚の絆創膏が、刑事との密会、浮遊/転落事件のどさくさにまぎれて、いつのまにか消失したうえ、新しい3枚の絆創膏に張り替えられているのを見逃してはならない。
染谷は最後に夜の公園で大量出血するのだが、その血痕は朱色のレンガ状の敷地の上で大政絢の添い寝の跡と重なり、翌朝には染谷はあっさり再生する。*5そして二度目の空中浮遊では、転落することなく着地した染谷は、道路の真ん中で大政絢とキスを交わし、初めて手をつないで並んで歩き出すことで『みーまー』のフィナーレを飾るのだ。*6
こうした『みーまー』における一連の「赤」をめぐる「血抜き」の色彩処理を見ると、この瀬田なつき流「赤の伝言」は、血と暴力とトラウマを否認する強固な映画的欲望で裏打ちされていることを強く感じるのだ。*7
この天才からの「赤の伝言」を真っ向から受け止めなければならない。*8

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*1:眩い光が差し込む日本座敷で、正座した夫の右肩に妻が横座りで頭を折り重ねるように倒れこみ、昏倒して動かない夫婦の後ろ姿を庭先のカメラから捉えた短いショットは、痛切なまでに美しい。

*2:10年前の事件の監禁部屋の暗闇と電灯のオレンジ色の明りが過去パートの基調色となっている。過去と現在をつなぐドアの黒褐色、大政絢がまどろみ、染谷の仮死・再生の巣となるシーツと病院の壁の白味は、色彩の中間地帯を形成しているというべきか。また他の色では、鉄道模型の青いレールが過去の惨劇を喚起する端緒として、独自の色彩効果を発揮している。この青いレールの転覆ショットに続く、チャイム音から始まる、まーちゃんの両親(スズキジュンペイ三村恭代)が誘拐犯・鈴木卓爾宅を訪問するシークエンスは、過去映像として初めて白昼の光にあふれ、さらに誘拐犯の妻・山田キヌヲを登場させていることで注目に値する。このシークエンスが特に注目に値する理由は、この過去映像の想起主体がはっきりしない、ということもある。厳密な視点についての議論はともかくとして、監禁小屋のフラッシュバックについては、事件の生き残りである10年後の「まーちゃん」「みーくん」が、その過去映像の想起主体として、とりあえず設定されている。しかし、まーちゃんの両親も誘拐犯夫妻もすべて殺害・死亡しているのだから、たとえば鈴木卓爾が和室でスズキジュンペイ三村恭代を背後からハンマーで殴る様子を庭先のカメラから捉えたショットを過去映像として想起し得る主体が、もし生存しているとしたら、それは庭先に潜んでことの成り行きを見ていた鈴木卓爾山田キヌヲ夫妻の息子だけだろう。あの青いレールの脱線ショット直前の染谷将太の「嘘だけど」ショットの首振り方向が、全編通じて唯一縦振り上向きの俯瞰ショットだったのは、この過去映像の「嘘」と「ほんとう」とのねじれに、強く関係しているはずだ。

*3:この垂れ幕の「祝」の代わりに書かれた「悦」という赤い誤字は「悦楽殺人」の頭文字なのかもしれない。それは暴力/殺人の事後的な結果である流血の赤い色よりも、はるかに不吉な、未来の暴力/殺人を予告する色彩記号でもある。

*4:染谷が大政にリンゴを投げる下手投げの優しいトスは、直後に暴力衝動を爆発させる大政絢が食器類を投げつける殺人的オーバースロー(!)と見事なまでに対照的だ。そしてこの傷跡つきのリンゴは、最後には傷のないリンゴに置き換えられる。なお、大政絢が破片で足を傷つける場面、染谷が腕にフォークを刺される場面、ともに血が出てる、というセリフはあるのだが、血痕を示す赤い色は画面には映されない。

*5:『みーまー』において、染谷は何回、仮死と再生を繰り返すことだろう。

*6:『みーまー』における大政絢と染谷との接触行為は、大政絢が染谷の顔を撫で、首を絞め、目を塞ぐ、といったように、首から上に集中している。指相撲でのじゃれ合いを除くと、ふたりが真剣に手をつなぐのは、このラストシーンが初めてである。むろん、それは「10年前の幼い握手」とつながってはいるのだが。なお「床に眠る女刑事」として、劇中に登場する田畑智子は、染谷の顔(頬)に触る女としても、大政絢と不思議な鏡像関係にある。

*7:過去パートの監禁小屋でも流血の惨劇は演じられるが、そこでは血の赤は暗闇とオレンジの薄明かりに溶け込んで、色彩としての独立性を弱められている。大音量で耳に響く『ルージュの伝言』は、ここでは聴覚記号としての歌の「赤」の強度によって、視覚記号としての血の「赤」を否認しているのだ。http://www.youtube.com/watch?v=S0CIVYlFnWQ

*8:商業長編第一作目にして、柴咲コウの歌うカバー曲をオリジナル版のイメージを覆すかたちでフィーチャーし、作品の核心と一体化させたその手腕は、プロの映画作家としても見事というほかない。指導教官だった黒沢清が感嘆するのも当然のことだろう。http://www.youtube.com/watch?v=xwIBLCxvzuwhttp://www.youtube.com/watch?v=ag6uSUabSN0&feature=related